今回の旅の目的は、アルゼンチン斑岩の丁場・工場、サンパウロで開催されている建築関係の展示会、そして、近年の大ヒット商品ブラジル産クオーツサイトの丁場と工場を視察することにある。 関西空港から14時間あまり、ドーハで乗り換えてさらに15時間。長い旅である。
実は、日本の空港を飛び立ったのは2011年3月13日。そう、東日本大震災が発生し津波の被害や避難情報で日本が大混乱に陥っている最中のことだった。ドーハで、関西と成田から到着した石屋仲間と合流する中、心配は福島の状況だったのである。
長い時間を空で過ごし、ようやくサンパウロ空港に着陸。すっかり浮腫んでしまった足をひきずりながら税関を通過、開いた扉の向こうに待っていたのは、強いフラッシュとTVカメラだった。何でも日本から震災後に到着して最初に入国してきたのが私たちだったからとのことだった。
さて、話を戻そう。
サンパウロに到着し空港から出ると、アイルトンセナ通りがある。とたんに、テレビのあの衝撃的な映像(1994年サンマリノGP)を思い出す。震災のショックを引きずったまま迎えの車に乗り込んだのだが、それをかき消してくれる旅の始まりとなった。
ハイウェイを北へ進む。途中サービスエリアで食事をとり、さらに北へ車を進める。 ずいぶんと時間が経った頃、あのペレが生まれ育った街トレス・コラソンエスを過ぎた町あたりに到着。ここで宿をとった。
非常に長い道のりだった。日本を出てから既に40時間以上が経過していた。久しぶりに水平になって寝られる幸せを噛みしめているうちに夜が明けたのである。
ブラジルクオーツサイトの産地サントメは、ここからほど近い。近づくにつれ、遠くに白く広がる採石場と思しき丘が見え隠れする。 車窓には緑の景色が広がるが、その緑と白のコントラストが眩しくなってくる。そうこうするうちに、サントメのバスターミナルに到着した。
サントメは、古い街並みが保存されている歴史地区に指定されており、町に入るにもゲートがある。石の産地はどこにいっても、その土地の石が生活に欠かせない。この街もご多聞に漏れず、サントメ産クオーツサイトの敷石、石畳が道路一面に張り巡らされている。もちろん、建物の外壁もそうだ。人口はさほど多くない旧市街は、巨大な砿山の中に位置していると言っても過言でないほど、街と砿山が近い。それだけに、多くの住民はこの砿山の仕事やツーリズム関係で生活しているのだろうと想像できる。
車を四駆に乗り換え山に入る。どうやら、バスターミナルの脇からすでに丁場になっているらしい。 上ること15分。車を降りて山に分け入る。間もなく視界が開け広大な採石場の風景が飛び込んでくる。
「シアターの広い舞台」と表現したほうがいいだろうか。斜め20度ぐらいの傾斜のある巨大な石の塊を、約2cmの厚みで、石を剥がす作業が進められていた。
太陽の光は反射して輝くその白さは、近くにいると目がくらむくらいだ。作業員は慣れた手つきで様々な工具を駆使しながら、事務机程の広さの板を剥がしていく。
この会社のユニフォームは輝くようなグリーン色なのだが、この砿山の中では、石と相まってとても美しく見える。近づくと、作業の手を止め、この石のこと、この砿山のことを自慢深げに話してくれた。
この砿山から産出する石は、白い層、黄色い層が中心で、層により色がバラついている。太古の時代に海の中で石の元となるケイ素、石灰が積み重なり、地殻変動の圧力により石となったのだが、その層により、白が中心だったり、黄色が中心だったりする。
ブラジル産クオーツサイトはピンク色の需要が黄色に次いで多く、また価格も少しばかり高いのであるが、ピンクが天然で採れることは珍しい。わかってみると、実際には、この砿山で採れた黄色を工場に持っていき、バーナーで焼いて作っているのである。つまり、焼くことで表面の黄色い鉄分が酸化し、赤くなるのである。
山の中には厚み15センチぐらいある沓脱や大飛び石として使えそうな物がゴロゴロしていた。ただ、山が斜めになっていることもあり、それを移動させるのは難しいようである。しかしながら、造園家というのは、それこそゴミのような石にこそ興味があるのである。
再び車に戻り、サントメの街に戻った。さすがに、石の路面に石の壁。至るところに、さっきまでいた砿山の石が使われているのだから、天気が良ければかなり暑い。汗がしたたり落ちてくる。 南米の時期は、日本とは反対で、日本の春は南米にとっての秋である。残暑厳しいなか、サントメの昼下がりは、人もまばらで、ゆっくりと時間が過ぎていく。
昼食は、砿山の工場でご馳走になったが、豆の煮込みやトマトのサラダなど、南米原産の野菜中心のランチは見た目にも美しく、そしてとても素朴で美味しかった。
私たちは、サントメの締めくくりに、この地の名産である50度のテキーラにチャレンジしてみた。喉が焼ける感覚を味わいながら酔いしれていく・・・
隣のテーブルには、老人が窓越しに見える石畳、その向こうに見える山々をぼんやりと眺めながら、同じテキーラを飲んでいた。
広大な南米大陸、地球の裏側で、なぜか懐かしさを感じながら、日が暮れて行った。
文:秦野 利基