英国ウエストヨークシャー地方の典型的な田園風景といえば、
風揺れる美しい草原の丘に、羊の群れ、そして、
その風景を切り取るかのように伸びる空積みの石壁だろう。
この伝統的な風景を守ることが、英国ドライストーンウォーラーの大切な使命の一つだ。
その伝統技術を今に伝えるドライストーンウォーラーの一人、カシュバート・ノーブル氏は、
200年以上にわたり数多くの石積み建築を手掛けてきたノーブル家に生まれた。
Noble Stonework ホームページ
ドライストーンウォーリング、つまりモルタルを使わずに石を積む「空積み」は、
修復などする際にゴミも出ない、とてもサステナブルな工法と言えよう。
石が揺れと共にしなるため、日本国内では震度6強でも崩れなかった実績がある。
たとえ崩れたとしても、壁全体が倒れるのではなく、石一つ一つがバラバラに崩れるため、
多くの人が想像するほど危険は少ない。
また、石材は風化によって見た目の味わいが深くなるため、長い年月をかけて使用する価値がある。
イギリスの町を歩くと、建物に刻まれている「1772」などの数字が目につく。
建てられた年の西暦を記したものだが、今でも日常的に使われている建物の多くに同じような数字が見られるので驚きだ。
そのような建物が身近にある国というのは、歩いているだけで興味深い。
今回訪れたウエストヨークシャー州のハワースという町は、大きな採石場に近いのでなおさらだ。
道行く歩道の石畳、レストランのエントランスの敷石、雑貨屋の壁の石積み、
古いものも新しいものも、そのほとんどが、この地方で採れる、いわゆるヨークストーンでできている。
左右に山のように積まれた自然石、緻密にカットされた石のオブジェ、
直径数メートルはあろう大きな刃でカットされた板石など、さまざまなものを採石場のオーナーに見せてもらった。
石材の注文をする際、オーナーには「日本でのプロジェクトに使われた時には観光ついでに見に行く」と言われた。
風土も環境も違う、遠く離れた日本では、イギリスのような町並みをそっくりそのまま再現はできないだろう。
しかし、国内外の資材、そして造園、建築の叡智を集めてつくられる景観を楽しみとし、
心待ちにする思いは、 国を超えて共有できるものである。
SDGsや、持続可能な生活などが叫ばれる昨今、
時代が変わっても必要とされる伝統工法を駆使して、どのような風景が創り出されていくのだろう。
文:土方 海里